東大文学部の読書感想文

東大文学部。好きな本や最近読んだ本の感想を書きます。ニュースや本屋で目にした、本にまつわる気になる事も。

志賀晃『スマホを落としただけなのに』の感想文

志賀晃『スマホを落としただけなのに

 

 

今日、紹介するのは、スマホを落としただけなのにという作品。

 

現在、北川景子さん主演の映画が公開中で、広告を繰り返し見るうちに気づいたら購入していた。

 

 

スマホを落としただけなのに (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

スマホを落としただけなのに (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 

 

 

この作品、まず何よりもタイトルがずるい!!

 

スマホという僕たちの生活に不可欠なデバイス

そして、そのスマホを落とす、というこれまた誰の身にも起こりうる出来事。

物凄く等身大の出来事でありながら、スマホを失くしたら大変なことになると重々認識している現代人にとっては、そのタイトルだけで少しゾッとしてしまう。

 

スマホを落としただけなのに

一度目にしたら、なかなか忘れられない素晴らしいタイトルだと思う。

 

 

まずは本作のあらすじ

 

麻美の彼氏の富田がスマホを落としたことが、すべての始まりだった。

拾い主の男はスマホを返却するが、男の正体は狡猾なハッカー

麻美を気に入った男は、麻美の人間関係を監視し始める。

セキュリティを丸裸にされた富田のスマホが、身近なSNSを介して麻美を陥れる狂気へと変わっていく。

いっぽう、神奈川の山中では身元不明の女性の死体が次々と発見され……。

「BOOK」データベースより

 

 

 

さて、ここからは僕の感想となっていくのだが…

先に断りを入れておくが、今回は思いっきりネタバレをしてしまう予定でいる。

 

小説を未読の方や、これから映画を見るつもりだという方は、自己責任で先に進んでいただきたい。

 

 

スマホを落としただけなのには三つのパートで構築される。

 

スマホを拾った側

 拾ったスマホを起点に麻美のプライベートを暴く謎の男。

 

スマホを落とした側

 麻美の彼氏がスマホを落としたことをきっかけに、窮地に陥れてしまう。

 

③警察

 神奈川県の山奥で身元不明の女性の死体を発見し、捜査を進める警察。

 

 

この三者の視点を行き来しながら、物語が進むことで、読者は作品に引き込まれていく。

文庫版の解説では、作家の五十嵐貴久が、

「頁を開く前に、まず時計を確認しておくべきだ。少なくとも数時間、あなたは本書から目が離せなくなる。

ファーストシーンからクライマックス、そして驚愕と感動のラストシーンまで、食事、睡眠はおろか、トイレにさえ行けなくなる」

述べている。

 

全くその通りで、一度読みだすと止まらない。

黒髪ロングが似合う美人な麻美がどうなってしまうのかと気が気でない。

ハッキングを続ける男は、次に何をしかけるのか。

そして警察は、麻美が殺される前に、犯人にたどり着いてくれるのか。

早く次へと進みたくて、あっという間に読み終わる。

解説は本編が終わってから読む派閥なので、時計の確認は怠ってしまったが、

おそらく一時間半程度が瞬時に過ぎ去っていた。

 

スマホSNSといった現代社会特有の装置を思いっきり駆使した本作は、

読者にとって身に迫る恐怖を伴う臨場感を与える傑作だ。

Facebookなどを用いて、麻美の身辺がいとも簡単に暴かれていく様子は読んでいて震える。

もし、自分に悪意が向けられたとしたら、自分も同様の被害に合うのだろう。

 

ただ、この作品のSNS描写は「大人のSNS社会」という様相が感じられる。

たぶん、今の若い層は『スマホを落としただけなのに』に描かれるのとは違うSNSの使い方をしているし、言葉を選ばずに言うと少し古い印象もある。

もっともこれは作者に責があるというよりは、あまりにも早く移り変わる現代ネット社会の方に原因があり、物語そのものの面白さには影響はない。

 

 

この作品では、冒頭から、正体不明の男が色んな存在に成り代わり麻美に魔手を伸ばす。

小説を読みなれた訓練された読者にとっては、

「この物語、これだけで終わりではないな」という考えに行きつくだろう。

 

そうなると、麻美か彼氏の富田にも描写されてない秘密があるに違いないと考えないだろうか。

少なくとも、僕はそう思った。

メタ的な視点で、小説の仕掛けを先読みしてしまうようなこの習性を恨めしく思うのだが、考えてしまうものは仕方がない。

 

ここでは、実際に、隠されていた秘密そのものに言及するような野暮なことは避けるが、確かに秘密はあった。

僕は、

作中冒頭で作品全体にとって重要なカギとなる仕組みが提示され、

その仕組みが形を変えて最後にもう一度出現する

タイプの小説を、脳内で勝手に入れ子式」と分類している。

最近の人気作品、この入れ子式」のどんでん返し多いような。

僕の勝手な印象だろうか。

 

 

そして最後に次の一冊を紹介したい。

皆さんは、貴志祐介『黒い家』をご存じだろうか。

保険金殺人をテーマに、現在進行形のホラーが読者を引き付けるこの作品もエンタメ性抜群。

スマホを落としただけなのに』は、この『黒い家』を彷彿させる。

読み手側が、自分自身がその恐怖の当事者になり得るのではないかと不安になるくらいリアルなホラー。

スマホを落としただけなのに』を楽しんだ人にとって、

是非お勧めしたい次の一冊です。

未読の方は『黒い家』も併せて読んでみてほしい。

 

 

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)