海堂尊『チーム・バチスタの栄光』の感想文
未知の世界というと宇宙だとか、深海だとか、はたまたジャングルの奥地だとか…
そういうものが思い浮かぶ。
でも、僕たちにとっては「病院」というのもそれらに匹敵するくらい未知の世界だ。
風邪をひいたり、ケガをしたり、患者として病院に行くことはあっても、内部のことはとんと検討がつかない。
医者といえば、
- 医学部卒で頭が良い。
- お金持ち。
- 白衣を着ている。
- 大学病院では権力闘争をしている??
- 忙しい。
などなど、勝手なイメージはたくさん思い浮かぶ。
小説とかドラマとかの影響をかなり受けていて、病院や医師の実像とはかけ離れたものかもしれない。
病院は、普段生きている社会の中にありながら、どこか俗世とは違った性質を有している(ような気がする)。
人々は、そんな病院というロケーションが大好きなのだ。
だからこそと言うべきだろうか。
現役の医師が書いた本というのは、それだけで興味が惹かれる。
リアルな医師の様子、診察の雰囲気、外科手術の臨場感といったものは、実際に経験した者にしか書けない部分が多々あるだろう。
中でも、海堂尊の書く病院は面白い。
医療現場で起きる事件を解決するという構図が定番の彼の作品では、多くの場合、架空都市の大学病院が舞台となる。
現役医師が描く、リアルな病院では、リアルな診察や手術が行われ、現実でも起こっている医療問題への言及がなされたりもする。
内部で暮らす医師の視点からの病院はやはりそれっぽい。
『チーム・バチスタの栄光』でも、作中の手術シーンは緊迫感に包まれているし、それ以外でも、手術をモニタリングできる部屋の様子やら、外科医師とか麻酔医とか看護師とかの関係性といった一般人が想像して書く医療ドラマではとうてい記述できなさそうな細部までリアルだ。
もちろん読者は、現実の病院を知らないので、この場合のリアルというのは、あくまでリアルな雰囲気がするという意味だが…。
こうした医療現場の様子が描写されているという点は海堂尊作品のアピールポイントの一つだろう。
だが、同時に、「リアルとは程遠い部分」があるという点こそが最大級の魅力なのだ。
それは、人だ。
『チーム・バチスタの栄光』の登場人物たちは、どう考えても普通の人たちではない。
誰もかれもキャラが立ちすぎているくらいだ。
リアルな舞台設定とはアンバランスなくらい、ファンタジーな登場人物が配置されている。
それこそ、漫画やアニメの登場人物みたいにキャラの特性が誇張されている。
タイトルにもなっている高難易度のバチスタ手術に挑む、「チーム・バチスタ」の面々。
そのバチスタ手術に起きた問題の調査にあたる同病院の田口先生。
血が嫌いで、患者の愚痴をひたすら聞いてあげる通称・愚痴外来が彼の仕事。
閑職を自ら望む昼行灯的な医者で本作の語り部を担う。
そして、田口先生と共に事件解決を目指す厚労省からやってきた白鳥。
「ロジカルモンスター」とか、「火喰い鳥」とか、「ゴキブリ」とか、めちゃくちゃなあだ名をつけまくられる彼は、その名に恥じぬ強烈な人物。
論理的で頭が良いのに、様々な問題を起こし、多くの人に避けられている。
ちなみに医師免許も持っている。
僕が最初に『チーム・バチスタの栄光』を読んだのはもう10年前だろう。
その後もシリーズ化した本作の続編を何冊か読んだとはいえ、それらも読んでからは、けっこうな日が立つ。
それでも作中のキャラクターは未だに覚えている。
それくらい強烈な個性を持った登場人物たちなのだ。
海堂尊は、現役の医師としての経験や知識を活用し、
リアルな病院という舞台を作り上げたのに関わらず、
そこに配置するピースはあえて非リアルな人間を選んだ。
それなのに、医療現場で起きる事件の臨場感は欠片も損ねず、
フィクションとしてのエンタメ性を最大限に高めている。