井上夢人『魔法使いの弟子たち』の感想文
井上夢人の『魔法使いの弟子たち』の魅力を語るのに、あまり多くの言葉はいらない。
ただただ面白い。
それがこの本を読んだ僕の正直な感想だ。
感動するとか、学びがあるとか、悩みが解消されるとか、文学的側面でのすばらしさとか…、
小説に求める魅力は人それぞれだし、時と場合によっても移ろうと思う。
本書に関しては、ただひたすらにエンターテインメントとして優れている。
致死率ほぼ100%の感染症が広がり、初期の患者のなかで3人だけ生還した主人公たちが後遺症として超能力に目覚める。
そこから始まるストーリーが、読者をめちゃくちゃに振り回す。
井上夢人が作り出したアトラクションを我々読者は一心不乱に楽しむ。
それだけでいい。
そういう一冊だ。
エンタメとして高品質で、純粋に面白い。
と、これで締めくくるのはさすがに手抜きと怒られそうなので…(笑)
もう少し『魔法使いの弟子たち』の魅力を語りたい。
最大の魅力は、冒頭でも語ったようにエンターテインメントとして優れていることに尽きる。
正直に言うとこの小説はなかなかに作りが荒い。
いろいろとツッコミどころが多い。
超能力とか、病気とか、いろんな要素が詰め込まれた宝箱的な作品なので、
細かい部分で首を傾げる設定もある。
主人公たちの超能力があまりにも強力すぎるのにも、「いやいや流石に…」と声を挙げたくなる。
ヒロインである落合めぐみのサイコキネシスなんか特に凄い。
ほとんど無制限になんでも動かせるし、ものの形も自在に変える。
しかも全く疲れない。
たぶん、ワンピースやナルト、ドラゴンボールの世界でも戦えるレベルだ。
後は、強いて言えば物語全体のオチは賛否が分かれるところだろう。
僕は好きだが、おいおい!と文句を言いたくなる人の気持ちもわかる。
だけど、こうした諸々のツッコミどころが小さな問題に思える程度には、優秀なエンタメ作品だ。
スパイダーマンが急に能力に目覚めるからってそこを批判するのは野暮ってものでしょう。
そして、もう一つの魅力を紹介したい。
それは、主人公たちの超能力との向き合いかただ。
病気が治ったら、急に自分の体に変化がおきる。
突然目覚めた超能力に彼らは戸惑う。
- 自分がおかしくなったのか。
- 幻覚を見ているのか。
- この制御できない力は周りを傷つけないか。
- 制御できるようになるのか。
- 超能力を周囲の人々は受け入れてくれるのか。
- 一般社会で生きていけるのか。
際限なく浮かんでくる不安に、彼らは一つずつ向き合う。
自分の能力の性質を見極めようとしたり、コントロールする練習をしたりする。
世間に受け入れてもらえるように、メディアを使って自己プロデュースをする。
超能力に突然目覚めるタイプの多くの作品の中でも、
ここまで丁寧に超能力と向き合う様を描けた作家はそうはいないはずだ。
こうした丁寧な描写があるからこそ、
物語全体の軸となる、読者を振り回すエンタメ要素が一層輝くことになる。
もし、ただひたすらに面白いエンタメ小説を求めているなら、是非本書に手を伸ばしていただきたい。
→ちなみに、井上夢人は元々、岡嶋二人というコンビで活動していました。
リンク先で、岡嶋二人時代に書いた『99%の誘拐』を軽く紹介しています。
良ければ、併せて読んでみてください。