東大文学部の読書感想文

東大文学部。好きな本や最近読んだ本の感想を書きます。ニュースや本屋で目にした、本にまつわる気になる事も。

川村元気『億男』の感想文

川村元気億男

 

 

弟の借金を肩代わりし、昼夜問わず働いて、「お金の問題」で妻と娘とも別居中。

 

そんな一男が、宝くじで三億円を当てる。

 

急に大金が降ってきたことで一男は不安になり、

大学時代の落研仲間で親友の九十九に会いに行く。

 

実は、九十九は大学卒業後、IT系のベンチャーを起業し、億万長者になっていた。

 

そんな彼に、金との付き合い方を教わりにいくのだ。

 

 

「お金と幸せの答えを教えてあげるよ」

 

そう答えた九十九は、大金を湯水に使う豪遊を一男に提供する。

 

酒に酔って眠ってしまった一男が目を覚ますと、

九十九と三億円が消えていた。

 

※以降、多少ネタバレ要素もあります。ご容赦ください。 

 

 

これだけ聞くと、

一男が親友の九十九に奪われた三億円を取り返すためのサスペンス的な物語なのか?

と思えるが、実は違う。

 

大富豪だと思っていた九十九は実は借金まみれで、三億円を強奪したとか…

金を取り返すために必死の騙しあいが展開されるとか…

 

そういう話ではない。

 

 

そもそも、川村元気億男純粋な意味では、小説ですらない。

 

億男』は、落語だ。

 

21世紀の私たちにとっての、新しい「芝浜」だ。

 

というと、多少なりとも落語に詳しい方ならピンとくるだろう。

 

 

物語の展開だとか、話の結末事件の真相、なんてものは、

億男にとってはそこまで重要なことではない。

 

 

九十九と三億円が消えた後、

一男は九十九の手がかりを探して色んな人に会う。

 

彼らは様々な形で、お金と付き合っている。

 

そんな、彼らの人生、そして「お金」観を垣間見ることで、

一男と、読者である僕たちが、お金って何だろう?と考える物語だ。

 

これこそが、「お金と幸せの答えを教えてあげるよ」と告げた九十九が、

一男に贈るとびっきりの授業なのだ。

 

 

億男を読んでいる途中でふと思ったのだが、重松清『流星ワゴン』に少し雰囲気が似ているかもしれない。

 

 

だから、億男に、金を奪い合うサスペンスを期待しているなら、

期待外れになるかもしれない。

 

一男の三億円は帰ってくるのかな?

なんてドキドキしながら読む本じゃない。

 

 

お金って何だろう?

幸せって何だろう?

と一男と一緒になって考えるための物語だ。

 

 

「お金と幸せの答えを教えてあげるよ」

 

九十九は、そう言ったが、

億男には明確な答えは書かれてはいない。

 

 

川村元気は、

お金って、○○だろ!!

幸せってのは、××のことだ!!

と、一つの答えを我々に押しつけるようなことはしない。

 

 

九十九と同じく、私たち読者に、「お金と幸せの答え」を探すヒントを授けてくれている。

 

 

 

→本作の下敷きにもなった「芝浜」

 是非、億男と比較しながら楽しんでみてください。

★あらすじ

【芝浜】 魚屋の熊は怠け者で、二十日も仕事もせずごろごろしている。 このままでは生活できないと妻に懇願され、熊はしぶしぶ魚河岸へ出かけるが、外はまだ暗く寒い。そして着いてみれば、なんと魚河岸がまだ閉まっている。妻が時間を間違えたらしい。仕方なく待つことにした勝が芝の浜で顔を洗って一服していると、砂の中に何か埋まっているのを見つける。

 

www.youtube.com

 

 

 

→今回紹介した川村元気億男です。

 10月19日に公開した映画も大人気ですが、原作も併せて楽しんでください。 

億男 (文春文庫)

億男 (文春文庫)

 

 

 

 →「父と子の関係性を」を考える、心温まる物語。

  ちなみに、本書の主人公の名前もカズオ(一雄)。

  僕が勝手に『億男』に似ているなと思った小説です。

流星ワゴン (講談社文庫)

流星ワゴン (講談社文庫)