早瀬耕『未必のマクベス』の感想文
早瀬耕『未必のマクベス』
『未必のマクベス』は奇跡の一冊だ。
無名の作家、早瀬耕。
元々、この作家を知っていたという読者は1%もいないだろう。
20年以上前に一度、SF小説を書いただけ。
『未必のマクベス』も刊行当初は全く売れていなかったそうだ。
ただでさえ、出版不況の中で、知名度のない作家の書いた分厚い小説なんてなかなか売れない。
それが文庫化から火がついた。
出版業界に起きた一つの奇跡だ。
半年ほど前に、早川書房の方のお話を聞く機会があった。
これほど面白い小説を最初は売れなかったことを悔やんでいた。
名作が埋もれてしまうところだったと…。
そして、文庫版が爆発的に売れ、
埋もれかけていた本作がたくさんの人に読んでもらえたことを、本当に喜んでいた。
僕を含め、この本を読んだ人ならこう思うはずだ。
「売ってくれて、ありがとう」
そうとう精度の高いセンサーを持った読書家じゃないと、
なかなか『未必のマクベス』は見つけられなかっただろう。
こんなに面白い本と、出会わせてくれたことには感謝が尽きない。
知名度勝負ではなく、その作品の持つ力そのもので売れた、奇跡。
我々読者が、『未必のマクベス』に出会えた、奇跡。
だが、何より、『未必のマクベス』自体が奇跡のように面白い。
読み終わった今となっては、はじめは売れなかったこと自体が信じられない。
もちろん、この作品の素晴らしさは、作家・早瀬耕さんの実力であり、必然だ。
奇跡なんて言うのはもしかしたら、失礼かもしれないが…。
『未必のマクベス』は、
犯罪小説であり、恋愛小説であり、ハードボイルドであり、幻想的であり…。
一口に、「これだ!」と言い切ることが難しい。
あえて、勇気をもって言い切るとするならば、『未必のマクベス』とは、旅だ。
主人公を取り巻く物語を追体験する。
その濃厚な時間は、まるで旅のようだ。
早瀬耕の滑らかな文章に載せられて、主人公と共に波乱万丈な人生を旅している気分に浸ってしまう。
最後に、この作品のあらすじに変えて、文庫版販売時の帯を見ていただきたい。
なぜなら、あらすじを僕の至らない言葉で説明する何倍も、読みたいと思わせる帯だからだ。