原田マハ『暗幕のゲルニカ』の感想文
専門的な知識や経験に支えられたリアルな世界は、
時に、ただそれだけで娯楽として成り立つ。
『暗幕のゲルニカ』は、このことを示すよい例だろう。
海堂尊や知念実希人が書く医療を舞台にしたエンタメ作品には現役医師だからこそ描き出せるリアルとディテールが感じられる。
貴志祐介の『黒い家』は、彼が保険会社で働いていた経験によって質の高いホラーとして成立している。
この作品も原田マハがアート、そして美術館に長きにわたり関わってきた、その実際の経験があってこそ、
作品内で描写されるシーンの数々に血が巡り読み手を引き付ける魅力となっている。
話は変わるが、この物語は二つの物語を行き来することで織りなされていく。
- ニューヨーク近代美術館のキュレータ―・ヨウコが同時多発テロ後のニューヨークにゲルニカを飾ろうと奮闘する今の話
- ピカソとその恋人ドラが登場するゲルニカ制作とその後に纏わる昔の話
こういった、時代や地理、人物という軸で分割された複数の話が展開していく小説の常として、
複数の物語が一冊の本として、どうやってまとめ上げられていくかが作品の出来に大きく影響する。
『暗幕のゲルニカ』では、
「ゲルニカは誰のもの?」
という一つのクエスチョンによって、二つのストーリーが収束していく。
この収束の過程は、絶大な迫力で、見事というほかない。
当作品の読者には、是非とも、「ゲルニカは誰のものなのか」という問いに対する答えを見つけて欲しい。