東大文学部の読書感想文

東大文学部。好きな本や最近読んだ本の感想を書きます。ニュースや本屋で目にした、本にまつわる気になる事も。

村田沙耶香『コンビニ人間』の読書感想文

村田沙耶香コンビニ人間

 

小説とは不思議なもので、ただ文字が並んでいるだけのはずなのに、

私たちの五感を絶え間なく刺激する。

 

私たちは、活字の群れから想像を膨らませる。

眼前に広がる美しい光景や、手に汗握るアクションシーンを目撃する。

ヒロインの魅惑的な声を聴き、主人公を撫でる風の感触も追体験する。

御馳走の描写は、極上の匂いと味も与えてくれる。

 

 

コンビニ人間という作品は、とりわけ聴覚を刺激することに長けている。 

こうもリアルに生活音を耳にする小説もなかなかないだろう。

 

冒頭の「コンビニの音」は、駅前のコンビニで買い物をする自分の聴覚をジャックして、文字に起こしたのではないかと疑いたくなるほどに「コンビニ」だ。

 

 

主人公の感性をそのままには理解できない。

その感性のあり方は、たぶん私たちと果てしなく遠い。

 

でも、彼女の生きづらさや「普通」とのズレは、そんなに遠くない。

 

なぜか…。

 

聞いている音は一緒だからだ。

 

彼女は、私たち読者と同じ生活音に囲まれて生きている。

見聞きするものは一緒。

だからこそ、彼女をただただ異質な存在としてではなく、どこか自分事のようにも思えてくる。

 

主人公と読み手の聴覚の混ざり合いが、両者の絶妙な距離感を作り出す。

 

 

コンビニ人間 (文春文庫)

コンビニ人間 (文春文庫)